| ここは、江戸時代から明治維新にかけて、松岡藩の城下町として、武家屋敷が並ぶ一 角を、県/高萩市が再整備を行ったものです。
この地区は、松村任三(じんぞう)や長久保赤水といった人々の生家があります。 松村任三は、明治の東大教授で植物学者でした。牧野富太郎を拾った人です。
植物学者としては、ソメイヨシノ等の名付け親、ワサビの学名をワサビアとするなど、世界的な学者さんでした。 長久保赤水は、伊能忠敬より少し前の人で、はじめて経緯線を直角に引いた日本地図
を作り、伊能の地図は、当時国家気密とされ、一般に出回らなかったので、長久保の 地図は、海運などに広く利用されていました。
見どころは、橋を渡ったところから、松岡小学校までの、石畳の道とその奥にある、 松岡城(砦)跡につくられた公園です。 茨城の見過ごがちな歴史を垣間見れます。
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